35年前の慶大病院分院設立の建白書

 分院設立の必要性は、現在の大学病院の不足部分と表裏一体をなすもので、現在の大学病院の拡大、拡充と同時に考慮、調節されねばならない。その際には、医学部と大学病院の使命である1)教育、2)研究、3)診療の3本の柱について、1)集積と分散、2)直列と並列、3)質と量の3つの対極的な立場から、(1)人、(2)物、(3)場の3つの面についての将来を検討する必要がある。この対極する立場は、集積-直列-質が大学病院の本院、分散-並列-量が分院と関連病院に対応し、対極するが対立する物ではなく補完するべき物である。この事は、大学病院の本院と分院の関係だけでなく、大学病院と関連病院、大学と同窓会など種々のレベルにおいて言える。従って、本来、分院の必要性のみを本院や関連病院、同窓会などと切り放して検討するのには無理がある事を忘れてはならない。

 前述した如く、分院の必要性は現在の大学病院に不足する物の分散-並列-量に関わる部分にほかならない。すなわち、人の面においては(1)集積し過ぎて巨大となり過ぎた組織を分散して、組織の規模を適正化し、(2)トップからボトムまで直列化し過ぎた職位の系列を並行化する事により、組織を単純化して、(3)各職位を量的に拡大する事により、現在、ややもすると硬直化した人事を流動化して、教職員の意欲を向上させるとともに、労務管理を容易とする。物的側面ではMRIから聴診器まで一ヶ所に集中し、高度の物から低級の物までライン化されて、質的にも高度であるが、そのため検査や簡単な手術にも何週間も待たねばならない現状を、ある程度の質の設備を、何本化のラインに並列化し、量的拡大を計って、利用の可能性を増大し、サービス性を向上させるばかりでなく、管理を容易にして無駄を省く。場の面からは、立地条件の多様化により、地価の影響の減少、アクセス性の向上、環境条件の選択性の増加により、都心の高地価の便利な場所という運命的な現病院の性格付けを打破し、種々の可能性を追求し得る。しかしながら、これらのメリットもデメリットと表裏一体のものであり、また現病院の改善、拡大、拡充という手段においても追求可能な面を多くもつ事は忘れてはならない。
 以上の点を考慮して、分院のアウトラインを各種、描いてみると、
(1)ジェネラリスト、家庭医の学部、卒後教育と臨床研究を主体とする、300床前後の郊外型中規模総合病院で、地域密着型の中央病院的性格を持ち、○○地区慶應医療センターとして関連病院と同窓生の中核的存在を目指す。新設ばかりでなく、既存の関連病院の利用、または既存病院の買収も考えられる。
(2)実験外科、移植外科、人工授精、スポーツ医学、ホスピス等々、従来の専門分野に分け難い特殊な専門分野で、高度の施設、設備を必要とするため、現行の保険制度下では、経済的に地価と人件費、物価の安い場所に設立しなければ経営困難な病院で、既存の専門分野と設備等の共有や経済的支援が望める分野を除く専門病院である。既存の関連病院の利用はもちろん可能である。
(3)慢性疾患、リハビリテーション、整形外科など長期の入院治療のための病院、または大学病院や専門病院の後方病院。やはり、新設ばかりでなく、既存の関連病院の利用、または既存病院の買収も考えられる。
(4)サテライトクリニック:前述の分院とは異なり原則的には無床診療所であり、信濃町の大学病院の外来部門の補完を目的とし、診療圏の拡大、通院の利便性の向上ばかりでなく、都心においては大企業の施設、人員の利用、郊外では地価、人件費の低下により信濃町よりも経費の節約となる。

 具体的には(1)として東京湾埋め立て地、立川(国鉄跡地)、八王子(大学周辺地区)、藤沢(藤沢校地区)、千葉(県住宅開発公社開発地区)など50ー100km圏の開発、再開発地区で人口の増加が見込まれ、特に信濃町からのアクセスが良い事。三田の東京専売病院、光が丘の医師会病院など立地条件に優れていながら、何らかの条件で赤字に苦しんでいる病院の支援、買収等も考えられる。(2)としては、距離的には遠くても乗換などの利便性の良い場所、たとえば八王子、藤沢、三島、黒磯、幕張、大宮、高崎などが考えられるが、特に条件があるわけではない。(3)としては、(2)と同様であるが、国立病院の払い下げ、療養所の活用など条件次第で利用し得る既存の病院は少なくない。分院とは意味が少し異なるが(4)の都心型としては、各大企業の診療施設の系列、組織化により、患者の交流ばかりでなく、検査の引き受け等両者にメリットがある。ビル診療所としてサテライトクリニックを新設する場合にも、同様のメリットがあるばかりでなく、三田会からの支援も期待し得る。郊外型の場合は、ターミナルなど患者の利便を考えて設置する事になるが、いずれにしても資金的負担が少なく、リスクが小さい割にはメリットが大きい。

 以上、分院の設立のみを述べたが、まずは信濃町地区の有効利用を第一にするべきで、分院設立のメリットとして述べた内、距離や地価の問題を除き絶対的に分院を必要とする理由は少ない。60年以上を経過して老朽化の著しい別館、北里行動、予防研ばかりでなく、戦後建てられたとは言え古くなった基礎校舎、100年際で新築と思っている内に30年たった旧棟を考えるとき、食研跡地を単に赤字の補填のための貸しビルとするのではなく、分院を建設するつもりで医学部関連施設をつくり、21世紀における慶応医学の第一歩とするべきと言う声もある。

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